博士課程研究発表会

今日はタイトルにあるような日です。

朝の9時から、総勢17名を数える後期課程在籍者が、一年間の発表を披露する日。
既にいつだったかここで書いたが、多種多様な興味関心を持っている人間が一堂に会す日である。共通項といえば「社会科学」という枠組みぐらいか?というほどバラバラだが、そのことが逆に斬新なアイディアなりアドバイスなりを得るきっかけになるのではないか、ということで大学院が主催するものである。
その趣旨は立派だと思うし、ちゃんと機能していれば問題はない。

ただイライラさせられるのは、発表の形態で、ひとり20分と決まっているのに、10ページ以上あるレジメを延々読み続けて1時間を超える、なんて発表があったりするのだ。すくなくとも、昨年まではそんな感じで、予定時刻に始まるのは最初のひとりだけ、というような世界であった。当然、丸一日仕事である。

今年は発表者数も多いということで、「ベル」を導入した。話し始めて、15分で一回チーン!と鳴る。20分でチーンチーン!これで発表終わり。25分で三回鳴って、これで議論の時間も締め切るというものだ。

このシステムのおかげ、およびパワーポイントユーザーの増加もあって、たった1時間半の押しで済んだ。9時にスタートして、終わったのが18:45である。ただただ拘束されるのが辛かった。

ところで、事前に配られた予定表には「小杉・Nさん・昼休み・K君・昼休み・N君・・・」と、私の後輩K君が前後昼休みに挟まれていた。
ので、スタートは予定表の訂正からだった。

私個人のことを言えば、分野を異にする社会学者から「面白かった」という意見をいただけたので、大変に嬉しかった。先日書いた「あいつはわかってもらおうとしていない」という指摘をくれた先生からもこのように言っていただけたので、自分で自分に合格点である。

と、自分を褒めておきながら、他人をけなすようで恐縮だが、一言書いておく。

社会学を専門にする人たちの発表を聞いていて改めて思ったのは、アレは科学か?ということである。

地域社会学?のひとはある特定の地域・地方でのおもしろ出来事を紹介するのが目的のようで、面白かったら科学的に正しいかどうかは問われないようである。
マスコミュニケーション(インターネット論含む)の研究では、マスコミはこうあるべきだ、という意見があるのかとおもったら、そういうわけでもなく、「マスコミ(メディア)はこうなっている。どうなるんだろうねぇ」という意見だけである。こうすれば大衆扇動ができる、という話なら部外者にもわかりやすいのに。
留学生の方々は、お国のおもしろ事情あれこれで、「へぇ。そちらではそうなんですか」という話ばかりである。べつにその話が日本の何か(社会学会とか)に役立つわけではないし、外国の情報という目新しさを差し引いて、なにか学問的に、あるいは抽象的、概念的になにか面白いロジックがあるとは思えない。そういういみで特殊な地域社会学なんだろうな。
社会学者の思想史や臨床社会学(何だろうね、これ)に関する話は、端的に的を射ない話で、何が言いたいのかわからない。前者は1890年代に出た話に対する、1960年代の反論が、あたっていない、という話であった。なんて息の長い反論なんだ。やる前に「誰かこれ思いついてないか?」と考えないのだろうか。臨床社会心理学云々のケースは、AD/HDと言われる学習障害を社会学的に捉えたい、という意気込みを語られたが、なんでそれを語りたいのかがまるでわからない。最低限面白いだけの話にでもして欲しかった(本当は科学的前進が必要なんですよ、もちろん)。
調査系の人は、方言の使われ方調査みたいなことをやりました、やったら面白かったです、という話。私に言わせれば分析の仕方がなってないし、仮説も持たずにやるから、やっただけの話である。やって何を明らかにしたかったのか。それができたのか、できなかったのか。調査の基本じゃないのか、これ(それを定めずにやる探索的な研究、というのであっても外郭ぐらいは決めるだろう)。
数理モデルの人もいたが、このケースは数学を社会に当てはめるという話で、批判点は少ない。だって、やってる人間が「そんなこと意味がない、ただ形の上の相似性を言えば面白いだろう」と割り切っているからである。もちろん、数理社会学がもつ公理・公準を定めてからでないと議論できない、という弱点も有しているが、これは彼の責任ではないだろう。

もちろん社会心理学者にも言えることなのだが、要はどこを見据えているかということだろう。
斬新な部分がない話は最低だが、今現在面白いだけのホットな話題というのもあまり価値がないと考えている。

私は、10年、20年、もっといえば50年、100年と生きる理論を考えて学問をしている(つもりである)。

追伸 関係者が見たら、誰のことを指しているか一目瞭然であるような、悪態をついたのは、これが私怨ではなくて学問的な批判だからと考えるからである。もちろん反論を呼ぶようなこともあるだろうが、そういう方は学術的に議論するべく連絡下さい。

追追伸 ついでに、院生の態度にも不満がある。何でみんな堂々と遅刻してこれるんだ。何でみんな堂々と早退できるんだ。風紀が乱れとる。