不可能性の時代

不可能性の時代 (岩波新書)

不可能性の時代 (岩波新書)」を読んだ。先日関西に戻ったとき、平積みされているこの本を見つけて「おっ」と手に取ったのがきっかけ。いきなり余談だが、こういう本、あるいは専門書がずらりと平積みされていることは重要である。田舎にはないことなので。

さて、本書は平たくいえば社会学者による”世相解釈本”である。いつも思うのだが、この手の本を書くのに必要なものは、書き手のセンス、この一言に尽きると思う。世の中をどう見るか、というのはちょっと小賢しい人間だったら誰でも語れるわけで(語れる学生が減ったことは誠に遺憾)、私も徒然なるままに書き連ねることぐらいはできるのだが、それが有識者、あるいは学者として認められるかどうかは、「切り口」「切れ味の鋭さ」にかかっているのだ。

そういう意味で、大澤氏は非常に優れた学者であって、読んでいるとまさにそうだなと感心させられることばかりである。予測科学としての側面を重視する立場から見れば、解釈だけに依拠した論の進め方は満足できないのだけど、その分を差し引いても「うん、なるほど」と思わせる力がある。

改めて感心するのは、こういった世相を語る人間の知識の深さである。時代の主たる事件(三島由紀夫の自決など)は誰でも知り得ることなのだが、「エヴァンゲリオン」や「ひぐらしのなく頃に」といったサブカルまで常に取り込もうとする姿勢は、まさにディレッタンティズムであり、社会心理学者も学ばねばならないところであろう。

内容については、皆さん是非手に取っていただいて、各自で判断してもらえればと思う。久しぶりに読み応えのある新書でした。これが新書だっていうんだから、ある意味いい世の中だよな。薄めの単行本で2500円ぐらいでも、買う価値はあると思う。

個人的には、終盤の民主主義へのリンク方法について、議論が急におおざっぱになったことが残念だ。もっと緻密に攻めなければいけないところではないだろうか。

それにしても、世相論が面白いのは、まさに自分が、今その時代に生きているからである。
私もそろそろ「終わらせる」ことを考えなければならない。
自分のやり方としては、運動論的に立ち上がることではないようで、おそらく「適切な時間と場所」を定めてから、一度だけ重い腰を上げるのだろうが。

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