香港グランプリ

タイトルと本文は何の関係もない。

学校で定期試験が始まった。
入試と違ってマニュアル本はそれほど分厚いものではないし、何か問題が起こっても学部レベルで決済ができるので気分的にも多少楽ではある。

ところで、他人に疑問を起こさせるもの。
タバコとネクタイである。

今日ネクタイをしていったら「何かあるんですか?」と聞かれた。何もなくてもネクタイをしたいときがあるのだが、大半の男性はネクタイが嫌いなようで、しているときは何かしらフォーマルな出来事があると思うらしい。
関学で試験監督のお手伝いをするのもこれで最後である。最後の試験シーズンの初日ぐらい、ネクタイでもいいかと少し気が向いただけなのだが。

タバコは、この年齢にまで達すると「吸う」か「吸わない」かの二択である。禁煙するような年代でもないから、自然とこの区別ができる。
吸わない人に分類された場合、吸うと「あれ?吸うようになったのですか?」となる。
吸う人に分類されても、銘柄を変えると「あれ、銘柄を変えたのですね?」となる。
なにやら人に疑問を起こさせるようなのだ。

私のように、時たま吸いたくなって、銘柄も決めていないという人間は珍しいようである。

#一応冬になったり、徹夜したり、車に乗っているときに吸いたくなる、という傾向はあるのだが。

閑話休題。

今日一緒に試験監督をした友人曰く、「大学は試験をして、学士という学位、すなわち資格を与える専門学校的側面があるのだから、試験には万が一にも間違いがあってはいけません。」
なるほど、そう言うか、と思った。

でもやはり、専門学校だとか、資格を目的とする機関というより、大学は学問を追究する精神を保護する機関、一銭の得にもならないことに金を払うことを許す機関、といういささか無益な側面をもつことが私は好きなのである。

理想論だと笑われるだろうか。