学力保証の見える化と因子分析

プロファイル・シートなるものを導入して,「学力保証の見える化」をするのが流行りなんですってね。

ネーミングの問題とか,そもそも学力とは、という話を後回しにしておいて,それがどう実装されるべきかについて考えてみました。

例えば教育学部では,教員に必要な力は「使命感や責任感、教育的愛情」,「社会性や対人関係能力に関する技量」,「児童生徒理解に関する力」,「教科指導力」というのがあるそうです(文科省中教審がそういうらしい)。

で,カリキュラムの中でこれらの力を育てていくらしい。大学は教科・教育に関する講義や科目をたくさん設けているから,学生は例えばAという授業をとると,それは「教育的愛情」と「児童生徒理解」をのばすためのものだ,という対応がついている。その対応は,教育学部の掲げるGraduate Policyで,この授業はこの学部のこのGPに対応する,という表があるので,それを見れば一目瞭然。

さて,当然そうなるとでは学生を行に,履修した科目を列にならべたデータセットを作って因子分析するべきだよね。因子分析というのは相関関係に潜む構造を取り出すものだから,当然関連の深い科目同士は,学生の得点相関も高くなるわけです。なので,ちゃんと4因子になるはずです。なんなら,下位因子に分かれたとしても,階層的因子分析すれば上位にこの4因子がでてくるはずなのです。

GPなどによる対応表があるので,それをターゲット行列にしたプロクラステス回転をする,いやそんな面倒なことをしなくても,モデル化した確認的因子分析をすればよろしい。

そうすると,当てはまりのよさが評価できることになる。もしかしたら,共通性の低い科目が出てくるかもしれないが,それはよくないことで,教育学部の教育方針にそぐわないことをしているんだから,もっと共通性が高くなるような授業の工夫をしなければならない。あるいはGPの表によると因子負荷量が高くなるはずのところが、違うGP因子にのっていたら,講義方針を変えてもらわないといけない。いやいや,もっというと,4因子構造が間違っているかもしれない。実際の分析をしてみたら,データから3因子が正しいとか12因子が正しい、ってことになってくるかもしれない。

懸けてもいいけど実際にやろうもんなら,想定した因子構造にはならないですよ。そうすると大学では何を教えていたことになるんでしょうね?負荷量や共通性が低い授業に対して指導が入ることになりますか?それも現実的じゃないと思うね。大学教員は個人事業主みたいなところがあるので,専門性に基づいて単位を出す責任を負っているのだから,下手に授業の指導なんかをすると「私の専門性を否定するのですか!」ってな話になりますよ。

そういう人たちからは,次のような反論が出てくるんじゃないかな。

  1. 大学というのは一つの授業で教えるのではなくてカリキュラム全体で教えるのだ
  2. そもそも使命感や愛情,対人関係力は測れるものではない
  3. そもそも使命感や愛情,対人関係力は教えられるものではない

しかし,1については,カリキュラム全体のアルファ係数の検証も必要だけど,共通性・負荷量が低いままでいい根拠にはならないよね。2については,じゃあどうやって測定するんだって言う話になる。もちろん心理測定法ってのはそのための技術なんだけど,目に見えないものを測ろうとするときには真っ先に構成概念妥当性が検証される。つまり使命感の定義ってなんだ,ほかとどう弁別するんだ,ということをしっかり煮詰めていかないといけない。文科省がそれをやってくれているとは思えないなあ。3についてはそもそも大学で何をやっているんだという話になる。

 

今,意識の高い各大学がしようとしているこのことは,知らずにやっているんだと思うけど,こういうカリキュラムの因子分析をやっていることになるんですよ。そしてそれから考えられる議論の帰結というのもある程度見えている。そもそも,無理な話を投げつけられて,データ化・見える化したら見えた,というのはまやかしにすぎないんですよ。みんなわかってるだろうに。

下手なデータ化休むににたり。ゴミからはゴミしか出てこない(GIGO)。なんでデータ化したらそれでいいって思えるんかね?

もし本気でやるんだったら,教員全体がカリキュラムの各講義について,アルファ係数を上げ、寄与率・負荷量を上げるという方針で一致団結して授業改革を進め,一方で毎年のデータをもとに各係数をベイズ更新(ベイジアン因子分析)しながら講義の揺れを測定し,一定の範囲内におさめるよう教育を制御するという取り組みをすべきですな。少なくとも原理的にはここまでできることが容易に想定できる。もっとも,どの程度の分散を持つのが適切な大学なのか、社会なのかについてはまだまだ議論されてはないけれども。

はてさて,ほんとにそういうことしてくれますかね?みんなデータ音痴だからそれをしないのか,パソコン音痴だからそれをしないのかはわからないけど。

 

でも頼むから,予算を付けてスプレッドシートをPDFで出力するプロファイル・シート作成システムを作り,学生は各自それを印刷して,最後は教員のはんこを押してもらって事務に提出というくだらない運用方針を採用し,学生と教員の無駄な事務作業を増やしただけで本質は何も見えていない(だって本当は見たくないんだもの!)というオチにはしてほしくないなあ・・・。